■自分の森とは
僕は、山小屋から数キロはなれた落葉樹の森を中心に、週末になると徘徊している。その森の四季をとおして動植物や地形の観察をし、折々の森の恵みもいただくのが目的である。そうした、森の状況を記録しては「自分の森」と称しているのである。
この付近の森は、国有林や県有林であるが、森の生態系を熟知し、環境に配慮して行動すれば、自分の森だと言っていいのではないか。数年、森に通い記録して森の状況を把握すると、恵みはもとより、動物たちの姿も容易に眺めることができるようになった。
森を熟知すれば、自然に対して慈しみを持ち、きれいにしようという気持ちになる。歩きながら、ゴミを拾う気分にもなるというものである。環境問題は、生きものを知ることが大切で、暮らしと身近な遊びからでも始められるのである。
結果として、森を散策することでストレスの解消や健康増進に効果があるのである。
■森は、心の森療所
ヨーロッパの各国においては、保養や医療の一分野として扱われることもあるようだ。ようやく、国内でも多くの人々に親しまれてきた。「森林を散策すると、どうして元気になるのでしょうか。どうして爽やかになるのでしょうか。なぜ、健康によいのでしょうか。」と、多くの方が疑問をもつ。しかし、森林散策・森林浴の効用について、科学的な解明がなされていない。
自然界、特に森林の中で植物が発散している「フィトンチッド」という物質の存在は、古くから知られている。生鮮品を針葉樹の葉にのせて運搬したり、寿司屋でカウンターのケースの中に杉の葉や熊笹を敷き、鮮魚ををのせておく光景を見かける。笹の葉で巻いた寿司もある。また森林の国フィンランドでは、サウナに入り白樺の葉で体をたたいて血行を良くする。どちらも植物の発散する物質を利用してのことだ。
これらフィトンチッドの効果はロシアをはじめとする各国で研究され、人体にも好影響があることがわかってきた。肝臓の活動を高める酵素の活性化、香りによる清涼効果、生理機能の促進など、数多くの効能。また森林が生み出す空気は新鮮で、木々の香りと共に二日酔いや体調が悪いときの頭痛・吐き気も軽減してくれる。さらに渓流や滝のある森林では、空気中にマイナスイオンが充満する。これは水が飛び散るエネルギーで空気中の電荷をマイナスにすることで生じ、肩こりの軽減やリラックス効果を促進する。空気清浄機では、人工的にマイナスイオンを発生させてくれる。森林の中は、まさに天然の空気清浄機といえるのである。つまり森の中は、療養所なのである。現代のストレスから生じる鬱々した気分など、森を気軽に歩けば消えてしまう。しかし、それには安心して歩ける森の知識を持たなければならない。
■森の姿を知る
森の姿は、その大地に生えている木に代表されている。その植物は、光合成を行い有機物を作り、そこに生息する動物や
鳥たちはその有機物を食料として暮らしている。大地には、さまざまな昆虫とその幼虫もいる。ダニやトビムシもいる。さらに 目には見えないバクテリアやカビなどの菌類も生息している。四季のうつろいの中で植物が枯れ、動物や昆虫たちは排泄し、死んで行く。排泄物や死体は、微生物によって腐らせられ分解してゆく。目に見えない菌類は、ある時期キノコという形にな
って、姿を見せてくれる。そして、有機物は無機物になり次の光合成の原料になる。命の連鎖としての森の姿がある。
森の木々は、単体の樹木として生きているわけでもなく、生きることもできないのだ。森はたくさんの生命共同社会として成立している。それぞれの生物は、互いに恩恵を与え与えられ合っている。そうした生命の連鎖が続いて成立しているのが森である。その連鎖の一つひとつは、機械の部品と同じように関連しているわけだ。機械は、一つの部品がなくなれば動かなくなる。森に棲息するひとつの生命が壊れれば、生態系が壊れ、森は徐々に活力を失っていくことになる。見事な樹木だけでなく、さまざまな動物や昆虫が棲息した森こそ、立派な森なのである。
■木の名前を覚える
森を知るには、森を構成している樹木の種類を知らなくてはならない。もちろん、樹木だけでなく、森の中に生えている植物や棲息する昆虫が分かると、より深く森が理解できる。たとえば、まったく知らない一〇〇人の集団を前にした時は群集としか認識できないが、同じクラブのメンバーや同級生といった一人ひとりの名前が認識できる集団を前にすると、それぞれの個性が見え、生き生きとした人たちの仲間として親密感さえ持つものだ。森も同じで、一つひとつの木の種と名前を知っていると、○○の山といった捉え方、認識の仕方ができ、森を身近に感じるのである。
■常緑樹と落葉樹
樹木には、一年中緑の葉を茂らせているマツやスギやシラカシなどを「常緑樹」といい、冬になると葉を落としてしまうケヤキやブナやコナラなどの「落葉樹」がある。と、いっても常緑樹は一年中同じ葉を茂らせているわけではない。常緑樹は、葉を落とす時期と葉が芽吹く時期が重なるので、われわれにははっきりとは認識できず、いつも緑の葉を茂らせているように見えるわけだ。常緑樹も、僕らが気づかないうちに古い葉と新しい葉の入れ替えを行っているのである。
落葉樹は、その木の生活環境が不利になる時期になると葉をいっせいに落として休眠してしまう。環境が有利になると、ふたたび新しい葉を芽吹かせ活動する。日本のほとんどの落葉樹は、冬にすべての葉を落とすので、冬の森に入ると常緑樹か落葉樹か見分けることができる。落葉樹の樹木で成り立っている森を「落葉樹林」というわけである。
木の種類は、木の生長した形でも見分けられる。これは見分ける上でも大きなポイントになる。木の全体の外形を「樹形」と呼ぶが、ケヤキやコナラなどは、木全体がもこもこして丸い感じがする。マツやスギやヒノキは、細長く円錐形で真っ直ぐ天を指すように生長するので違いを際立てているので、見た目にも判別できるであろう。

落葉針葉樹 カラマツの樹形 |

落葉広葉樹 コナラの樹形 |
■針葉樹と広葉樹
葉の形によっても分けられる。常緑樹であるマツやスギの葉は、細く短く針のように尖り、また鱗のようになっているので「針葉樹」と呼ばれる。それに対して落葉樹の多くの葉は、平べったくて幅広くある程度の面積をもっているので「広葉樹」と分類されている。この葉の違いを知っているだけでも、森の木を見分ける大きなポイントになる。
針葉樹と広葉樹は、花にも違いがある。マツもスギも花をつける。その結果が、花粉症という症状で人間を悩ませる。針葉樹と広葉樹の花の違いは、針葉樹には果実と呼ぶ構造がないことだ。広葉樹の中にもシラカシのように常緑樹である種と、ケヤキのように落葉樹であるちがいがある。シラカシを「常緑広葉樹」、ケヤキは「落葉広葉樹」と分類される。針葉樹でもマツやスギは、「常緑針葉樹」で、秋に黄葉し落葉するカラマツは、「落葉針葉樹」と呼ばれわけだ。
■樹木の花と種子
広葉樹の森は、春には多くの樹種が花を咲かせる。木々は、花粉と蜜を野鳥や昆虫たちに与え、花粉の媒介を依存する。結果として、秋になると多くの樹種に果実が熟し、野鳥や動物たちの食料になる。木にとっても果実が食べられることにより、果実の中に入っていた種子が遠くに運ばれ、糞として排出されるとともに、芽生えのチャンスを得ることができるわけだ。つまり、広葉樹の森では、木々と多様な動物も植物も、互いに依存しあい、大きな社会生活のような営みをくりひろげているのである。
一方、針葉樹は、木となる植物が生育する厳しい状況でも生き長らえることができる。厳しい環境でも発芽し、生育し、低温の高い山や降水量が少ない環境でも生存する。大きな石の上を覆った苔の上で発芽し生長している。しかし、果実ができないから、野鳥たちはやってこない。かろうじて、アカマツなどの種子をリスやネズミなどが食べるが、多くの木々は種子を運んではもらえない。針葉樹は種子を運ぶ手段として動物や野鳥に依存するのでなく、マツカサをつくり自分で弾けさせ、その衝撃で種子を遠くに飛ばすという手段を持つ。したがって、針葉樹の森は、多様な生き物たちが暮らしを営む環境ではなく、豊かさに欠けるのである。
■葉と樹肌で見分ける
名前を覚えるには、葉の形を覚える早い。だが、冬に落葉すると見分けがつかない。葉とともに樹肌を覚えると、見分けがつきやすいものだ。さらに知識を求めるなら、それぞれの樹形を知れば、簡単に樹種を見分けられる。

スギ |

ヒノキ
|

カラマツ |

コメツガ
|

コナラ |

シラカンバ
|

トチ |

ホオ
|
このくらいの大まかな木の分類を知るだけでも、数十種類の名前は覚えられるだろう。自分の好きな森が、どんな樹種で構成されているかも理解できるだろう。学問的には膨大に細かく分類はされるのだが、「自分の森」を持つといった遊びを目的とした知識なら充分である。さらに興味が湧いたなら、植物の知識をふかめて欲しいものである。これら、広葉樹や針葉樹の板になった状態を見たい方は、『木材図鑑』へ
http://www.fuchu.or.jp/~kagu/mokuzai/kokusan.htm
森をもっとくわしくなるには……
 |
―森は、心の森療所―
自分の森」で元気になる
●朝日文庫 239頁 本体価格540円+税(税込価格 567円)
目次
プロローグ 八ケ岳南麓の森から
第一章 自分の森をつくる
第二章 森遊びは樹木を読むことから
第三章 水場で動物たちと出会う
第四章 山野草を読む
第五章 キノコを読む
第六章 木の実を読む
第七章 森で起こる危険とは
第八章 四季折々を愉しむ
エピローグ 森の現状
あとがき
お金のかからない手軽な森遊びの方法を伝授する著書が、朝日文庫
(朝日新聞社)より発刊されています。
官有林(国有林や県有林)を「自分の森」として歩き回り、山野草やキノコを食べ、動物たちに出合って「元気になる!」コツが満載され、
トラブル対処法もわかりやすく解説されています。
「文庫本サイズ」ですので、通勤・通学、お出かけの合間、森を知るためのノウハウがあなたのものになります。 お近くの書店でお求めください。 |
|